戦後、日本が独自で開発した航空機~F-1(T-2)~

2019年9月13日

航空自衛隊は国の防衛や災害時の救援などを目的に航空機を所有しています。戦後に日本独自で製造されたのが「F-1(T-2)」と呼ばれる航空機です。どのような航空機なのか開発された背景や各航空機の仕様についてご紹介しましょう。

日本初開発の超音速航空機「T-2」

T-2は日本で初めて開発された超音速航空機です。1960年代の日本は1962年からF-104J/DJという超音速戦闘機の配備がスタートし、1972年は次世代戦闘機のF-4EJの導入が決定していました。従来のF-86よりも飛行性能がアップした航空機であったため、搭乗するパイロットの教育が課題でした。その課題を克服するために超音速練習機が必要になったのです。

当時はアメリカ空軍が使っていたT-38を導入するか、それとも国内開発にするか検討が繰り広げられ、結果的に国内開発に決まります。防衛庁技術研究本部は国内の航空機メーカーへ仕様を出し、1967年9月に三菱重工を中心にT-2の開発が始まりました。試作1号機は1971年7月20日に初飛行を行い、1974年8月から運用を開始しています。そして、2006年3月2日にT-2特別仕様機が引退したことで、全機退役となりました。

T-2をベースに開発された「F-1」

F-1は第二次大戦後、T-2をベースに日本国内で開発された超音速戦闘機で、開発の主契約はT-2同様に三菱重工です。元々T-2は初めから戦闘機になるように設計されていました。そのため、特性はT-2をほとんど受け継いでいます。

これは日本の技術開発能力を育てる目的から、費用面では負担の大きい国内開発を選択しています。F-1の原型となるT-2特別仕様機は1975年6月に試験運行が開始し、F-1初号機は1977年6月16日に初飛行となりました。

航空自衛隊はF-1を支援戦闘機として配備されています。支援戦闘機とは、味方部隊を支援する目的に侵攻してきた敵艦船や陸上を攻撃することを主任務としている航空機です。従来のF-86は搭載能力の不足や航続距離が短いというデメリットあったため、高い性能を持つ新型機が必要であり、T-2と合わせてF-1の開発が始められました。

性能や運営目的から攻撃機や戦闘爆撃機にも分類されています。全部で77機製造されており、後続機のF-2が配備されたことで、2006年に全機退役することになりました。

T-2・F-1の仕様や特徴について

T-2には前期型と後期型の2種類があります。前期型には機関砲、レーダー、火器管制装置が搭載されておらず、戦闘機の操縦の基礎訓練用に活用されていました。一方、後期型は機関砲やレーダーなどが搭載されており、空中戦等や射撃といった実践的な戦術訓練用に使われていました。

T-2は訓練用だったのに対して、F-1は対地攻撃と対艦攻撃を主任務とする支援戦闘機です。ベースとなったT-2は複座でしたが、F-1は単座に変更して後席部には強化された航法システムや攻撃システムといった電子機器を導入しています。

後期型T-2ではJ/AWG-11レーダーFCSという国産のレーダーを搭載していましたが、F-1はJ/AWG-12レーダーFCSに変更しました。J/AWG-12レーダーFCSは慣性航法装置や兵装投下管制コンピュータ、電波高度計、エアデータ・コンピュータ接続されています。中でも慣性航法装置は支援機に必要不可欠な装置であり、海上にいる攻撃対象に航法援助を受けず接近できるようになっています。

F-1の両翼下には、ASM-1ミサイルと呼ばれる対艦攻撃用に作られたミサイルを1発ずつ合計2発搭載可能です。さらに防空に使用する空対空ミサイルも、両翼端と両翼下に合計4発搭載できる仕様となっています。

まとめ

F-1はT-2が生まれたことで誕生した航空機であり、日本独自の開発は新たな挑戦でもありました。現在は両方とも全機退役となり活躍の場はないものの、各航空機の反省点を踏まえてF-2などの後続機の開発に反映されています。

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