日米貿易摩擦により、共同開発した支援戦闘機””平成の零戦””F-2

2019年9月13日

F-2と呼ばれる戦闘機をご存知でしょうか。関係者やファンの間では「平成の零戦」という愛称で呼ばれています。この戦闘機は日米貿易摩擦の影響を受けて、米国と共同開発されました。そんなF-2が開発された歴史や戦闘機の特徴についてご紹介しましょう。

F-2とは

F-2は日本の航空自衛隊の支援戦闘機で、第二次世界大戦の終結後に開発されたF-1の後継機でもあります。1995年に初飛行し、2000年から部隊に配備されるようになりました。開発は数々の航空機を手がけてきた三菱重工が米国とタッグを組んで開発が行われました。米国の戦闘機であるF-16を日本で運用するイメージで、日本の地理的な性質などにマッチするように改良されています。まさに日本と米国の優れた技術が集結して作られた戦闘機だと言えるでしょう。

F-2の特徴

F-2には「アクティブ・フェーズド・アレイレーダ」と「長距離ASM」の搭載を可能としました。この機能により防空システムの射程範囲外から発射されるミサイル(スタンド攻撃)に対して、艦攻撃力が高められています。

さらに「大推力エンジン」を搭載し、機体構造を軽量化することで、旋回と加速性能が高まり、防空戦闘能力が向上しています。また、生存性の強化のために「強化型風防」や「統合電子戦システム」、危険な飛行条件に対して自動的にコントロールする「ケア・フリー電子式操縦システム」を搭載しました。

F-2は空対艦ミサイルを最大4発搭載することができ、世界トップレベルの対艦攻撃能力と対空能力を有しています。

米国との共同開発に至った背景

本格的な開発が行われる前のFS-X(次期支援戦闘機)の時点では、国産機としての開発で計画されていました。しかし、技術面に不足や貿易摩擦を中心とした米国との政治絡みの問題の影響から、共同開発に踏み切ることになります。

FS-X計画が進行する中、軍事同盟国の米国は日本が置かれた環境や防衛努力に対して軽いと感じており、防衛努力を要求されていました。当時日本経済はとても好調で一人勝ちの状況となっている一方、アメリカは対日貿易で赤字を更新します。そんな状況でも、アメリカは自由貿易に対して保守的な意見が根強くありました。

ただ、日本の製品がハイテク分野に移ることで、異なる問題が浮かぶと危険視されます。日本がハイテク分野で成長すると貿易摩擦だけではなく、その技術が米国の国防を脅かすのではないかと反発を受けました。

アメリカや世界の圧力を受けて日本はドル高是正に同意し、各国との協調でドル安に誘導していくことになります。しかし、日米貿易摩擦をはじめとした政治的問題は完全な解決には至らず、ブッシュ政権に交代した後は対日本圧力を受けることとなります。

合意後に日米共同開発のスタート

1988年11月に日米の政府はFS-Xの開発覚書を締結し、F-16をベースにF-2の開発に着手しはじめます。1989年3月20日に再検討会議によりFS-X共同開発の前進が決まるものの、自民党からは開発能力が対等でないため不平等であるとされました。

さらに、日本の特殊技術を無条件で提供するということに不満が噴出するといった問題もありました。その後共同開発は自然承認され、1990年3月末に設計チームが三菱重工大江工場に設置され、本格的な開発がスタートします。開発にはロッキード・マーティンなどの企業も協力しました。

まとめ

開発に至るまで色々な問題が生じましたが、1995年に試作機が初飛行を成功し、試作初号機は1996年3月に防衛庁へ納入されます。同年7月には日米の政府で生産MOUを締結し、これを機に両国で量産が承認され、航空自衛隊での調達も始まり、2000年に配備されるようになりました。東日本大震災の損害を受けますが、それ以外で喪失した記録はなく高い信頼性を誇る機体です。

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