戦後、日本が独自で開発した航空機~飛鳥~

飛鳥は航空宇宙技術研究所が戦後に製造した国産飛行機です。日本では数少ない国産ジェット機ですが、どのような目的で作られたのでしょうか。ここでは飛鳥の特徴や歴史についてご紹介していきます。

日本で作られた飛鳥の特徴

飛鳥は全長29.0m、全幅30.6m、全高10.2mの大きさの飛行機です。現在のJAXA航空技術にあたる航空宇宙技術研究所(NAL)がSTOL飛行の実験機として開発・製造しました。STOLとは一般的な飛行機よりも短距離で着陸可能な飛行機のことです。航空自衛隊が保有するC-1輸送機を基に、翼にNALが開発したターボファンエンジンを4発搭載しています。

NALが開発したエンジンは日本初の低騒音仕様で、主翼上面に配置した目的は地上に向けた騒音を低減させるためです。エンジンの配置を除き外形はC-1輸送機の原型をほぼ留めており、T字尾翼をもち、主脚は胴体脇のバルジに収納されています。主翼の上面には主翼に接して排気口が備わっており、エンジンの排気が主翼上面に流れるUSB方式という仕組みを採用しています。それに加えて、フラップという揚力の増大装置を下方へ曲げさせ、より大きな揚力を生み出すことでSTOL性を実現しました。

飛鳥が製造された歴史

1962年末頃、航空宇宙技術研究所はV/STOK機の研究開発を重要課題に取り上げ、実験機の製造に向けて研究を始めます。翌年からVTOL(垂直着陸用)機の開発に着手しますが、騒音が社会問題となり研究開発はストップしました。1975年に航空技術審議会にてSTOL技術の具体的な検討が始まり、低騒音ファンジェットを採用したSTOL旅客機の製造を目指し、技術研究を開始します。

今まで進めていた技術研究の成果を基に開発が進められ、C-1輸送機をベースに、低騒音ファンジェットのFJR710エンジンを搭載した飛鳥の研究開発が決定しました。1977年に研究所内に「STOLプロジェクト推進本部」が設置され、C-1輸送機を開発した川崎重工業を中心に、三菱、富士、新明和工業、日飛の協力を得て、試作が始まります。

飛鳥という名前は国民から親しみを持ってもらうために、小中学生の公募から採用されました。1985年10月28日に飛鳥は初めて飛行し、3年間半の間に97回、時間にして計167時間10分の飛行実験を行いました。その結果、飛行距離500m、着陸走行距離400mの短距離を実現しています。量産化の期待は膨らみましたが、地方空港でも長い滑走路が整備され、国策でのSTOL旅客機の必要性が薄れてしまいます。

加えて個別に機体を開発するたびに多額のコストがかかるので、実用化は実現しませんでした。プロジェクトが終了した後は岐阜県の「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」に寄贈され、展示物として、外観から内部まで観覧できます。

飛鳥は国策として日本で開発され、短距離着陸は成功しました。実用機には至りませんでしたが、日本の技術開発を発展に関わる研究開発だったのではないでしょうか。飛鳥の実物は岐阜県の博物館で見られるので、気になる方は一度観覧してみてください。